――ここを出たら右に曲がってください。後は道なりにすすむとそのうち出口がみえるので。
 結局、口案内だけで追い出され、スロッドはこれからどうしたものかと思いながら施設内を歩いていた。窓のブラインド越しに研究員達が研究している所がみえる。台で横たわっているのは…ヒトか。
 スロッドはそのまま施設から出ていかずに、こそこそと施設内をうろついた。上にいくと今度は子供達ばかりで、まるで学校だった。孤児院と言ってたが、これか。
 なるほど、そこで彼女は気がついた。――ここは孤児院の地下に施設があって、子供達を実験体にしているのだ。おもしろいものを見た、満足はしたが、研究に加わりたい気持ちが膨らむ。ふたたび施設内をこそこそと動き回っていたら、ウィルと研究員たちが歩いてきた。とっさに物陰に身を潜めていると、どうやら外出するらしい。
 ウィルはじっとスロッドの隠れているほうを見つめて、
 「そういえば、今日は講演がありましたね。場所と時間、まだ聞いていませんが」
 一人の研究員が手帳を広げて、「そろそろです」と答えて、
 「そういうことは早めに言ってもらわないと、テーマは何ですか?」「今回は生物系の大学校なので、ファリーラムのことで大丈夫かと」
 どうやら、講演会に行くらしい。スロッドはファリーラムという動物に懐かしみを覚えた。行きたい、そうだ行こう。目的地は分からないが、後をつけたら意外に簡単だった。スロッドは、大学校の講堂の後ろにこっそり紛れ込んで、ウィルのする講義を熱心に聴いた。

 講義が終わった後、廊下を歩くウィルには、「よかったです」と賞賛の声がかけられていた。声をやんわりと笑顔で答えていたウィルの前に、スロッドが現れた。ウィルは、またか…と顔をしかめたら、スロッドは手を胸に当て腰を下げ、変わったあいさつをした。
 「すばらしかったですわ、わたくし、以前にもたくさんの講義を聴いてきましたが、こんなにことこまやかなものは初めてですわ」
 「そうですか、ありがとうございます、では」
 すぐに立ち去ろうとするウィルに、スロッドは話を続けようとした。
 「今の…ファリーラムは、いつからこのような姿に?」
 「…この生物にはふたつの説がありまして…異国にいる翼竜、ワイバーンが進化しただとか、ヤギの突然変異体だとか」
 スロッドはくすりと笑った。
 「ええ、両方とも正解ですわ、ファリーラムは古代アモールのワイバーンと、ヤギの両方の遺伝子をもった人工生物。わたくしのいた国、…エンハンブレルは砂漠の中の国、砂漠の動物を狩るためにつくられたのですわ」
 ウィルは一瞬驚きを隠せなかったが、すぐに気を持ち直して、
 「…それを僕に信じろと言うのですか」
 スロッドはかぶりをふって
 「そういうわけじゃありませんわ、信じるも信じないも、ご自由に。でもわたくしならあなたが今回いわなかったファリーラムの生態についてはよく知っていますわ。あくまでここまで進化する前の、初期のことだけですけど」
 スロッドはだれも知らないようなファリーラムのことについて喋りだした。
 他の生物には無い特徴から、感覚器官の能力の値、遺伝子情報まで、まるで何かの糸が切れたようにべらべらと喋って、自分でも止められなくなってしまいそうなときに、「十分です」とウィルに制止された。
 「もう十分です、完全に信じてはいないですが、もっぱら嘘でもないようですね」
 ウィルは少し考えて、研究員に「さあ早く帰って研究を続けよう」と言って、そそくさと帰ろうとした。
 「いいお話をありがとうございます、では」
 スロッドは、はっとして弾かれたように立ち去るウィルに回り込んだ。
 「やっぱりまだあきらめがつきませんの、わたくしも、研究に加わらせてくれないかしら」
 研究員達が顔を見合わせた。ウィルはしばらく考えてから、ちょっと煙たそうにそっぽを向いて、「わかりました」とだけ言って歩き出した。いいのですか、研究員達は意外そうにしたが、ウィルはあくまで冷静だった。
 「まあ人手が足らないのもありますし、あそこの秘密が漏れては私が困りますので」
 といって自分の着ていた白衣を脱いでスロッドにわたした。
 「そんな格好で施設内をうろつかれるのは目障りです」
 さっそうと歩いていくウィルと、それを追う研究員達を眺めて、スロッドはいまにもスキップをしそうな足取りでそれを追いかけた。




とある研究施設にて(ラケ×almaさん)